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鹿児島地方裁判所川内支部 昭和59年(ワ)108号 判決

主文

一  被告株式会社田代組は原告に対し、別紙不動産目録1記載の(一)及び(二)の不動産につきなされた鹿児島地方法務局川内支局昭和五七年一一月一日受付第一三二〇一号真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

二  被告田代藤夫は原告に対し、別紙不動産目録1記載の(一)、(三)、(四)、(五)、(六)、(八)及び(九)の不動産につきなされた前記支局昭和五七年五月二八日受付第六七六一号昭和三七年五月三日時効取得を原因とする所有権移転登記、同目録記載の(二)の不動産につきなされた前記支局昭和五七年五月二八日受付第六七六二号昭和三七年五月三日時効取得を原因とする所有権移転登記及び同目録記載の(七)の不動産につきなされた前記支局昭和五七年五月二八日受付第六七六三号昭和三七年五月三日時効取得を原因とする二分の一の持分の所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文一ないし三項同旨。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は訴外永野衛(以下、「永野」という。)に対し、次のとおり債権を有していた。

(一) 四二八万三九三五円及びこれに対する昭和五五年一一月一七日から支払ずみまで年二九・二パーセントの割合による遅延損害金

ただし、右債権は原告が訴外有限会社味千寿(以下、「訴外会社」という。)に対して有し、訴外会社が毎月の分割払分を遅滞したために期限の利益を喪失し、遅くとも昭和五五年一一月一七日には期限が到来した請負代金の立替払債権につき訴外永野が昭和五四年五月一〇日連帯保証したものである。

(二) 八〇五万六一四二円及びこれに対する昭和五五年一一月一七日から支払ずみまで年二九・二パーセントの割合による遅滞損害金

ただし、右債権は請負代金につき原告が訴外永野に対して有し、同訴外人が毎月の分割払分を遅滞したために期限の利益を喪失し、遅くとも昭和五五年一一月一七日には期限が到来した立替払債権である。

(三) 右(一)、(二)の各債権については、これらと一部既払分を含め、昭和五七年八月一〇日、高知簡易裁判所昭和五七年(ハ)第五〇六号事件として給付判決がなされ、同判決は確定している。

(四) その後の昭和五七年九月一四日、訴外永野は原告に対し、右各債務の一部弁済として四四八万八〇二〇円を支払った。

2  訴外永野は、別紙不動産目録1記載の(一)ないし(九)の各不動産(以下、これらを「本件物件」といい、個々の不動産について、同目録記載の(一)の不動産を「本件(一)物件」といい、他の不動産についても同様にいう。)を所有(ただし、本件(七)物件については、持分二分の一について)していた。

3(一)  本件(一)、(二)物件について、昭和三七年五月三日時効取得を原因として昭和五七年五月二八日鹿児島地方法務局川内支局受付第六七六一号(ただし本件(二)物件については第六七六二号をもって)をもって、被告田代に所有権移転登記が経由された後、真正な登記名義の回復を原因として、同年一一月一日同支局受付第一三二〇一号をもって被告会社に所有権移転登記手続が経由されている。

(二)  本件(三)ないし(九)物件については、昭和三七年五月三日時効取得を原因として、昭和五七年五月二八日右支局受付第六七六一号(ただし本件(七)物件については第六七六三号)をもって、被告田代に所有権移転登記が経由されている(もっとも本件(七)物件については訴外永野は持分二分の一の共有であったため、右被告の移転登記をうけた持分も二分の一となっている)。(以下、右(一)、(二)を通じて、昭和五七年五月二八日に被告田代に対してなされた移転登記を「本件(一)登記」といい、昭和五七年一一月一日に、被告会社に対してなされた移転登記を「本件(二)登記」という。)

4  訴外永野は本件物件及び後記三、1、(一)の件外物件のほかには資産は全くなく、また収入もないのであって、無資力である。

5  前記3の各登記(以下、本件(一)登記及び本件(二)登記を併せて「本件登記」という。)は有効な登記原因を欠く無効なものであるから、原告は訴外永野に対する前記債権を保全するために、訴外永野に代位して、被告らに対し、本件登記の抹消登記請求権を行使する権利を有する。

6  予備的主張(詐害行為取消権に基づくもの)

(一) 請求原因1に同じ。

(二) 被告ら及び訴外松元才蔵(以下、「松元」という。)は訴外永野から、昭和五七年五月二七日本件物件のほか土地五筆を代金五五〇〇万円で買受けた。(後記被告らの抗弁1、(一)に同じ。以下、「本件売買」という。)

(三) しかしながら、本件売買は、次に述べるとおり、原告の訴外永野に対する前記債権を害するものであり、かつ訴外永野は害意をもって本件売買を行ったのであるから、原告は被告らに対し、民法四二四条一項に基づき、訴外永野が本件物件についてなした本件売買につき取消権を行使する。

(1) 訴外永野は昭和五七年五月ころ、原告に対して前記(一)の債務を負っていたほか、訴外会社の経営者として同会社が負っていた二ないし三億円の債務につき連帯保証をし、訴外会社が昭和五五年一一月に倒産した際行方不明となり、現在においても現実の所在場所は不明である。

(2) そして、本件物件及び件外物件は訴外永野の唯一の財産であったものであり、他に同訴外人には資産及び収入がなく、これらを被告らに売渡せば原告の債権の担保となるべき同訴外人の財産は皆無となり、原告は全く支払を得られないこととなる。しかも、本件売買により本件物件は適正な価額で売却されているとしても売却後はその対価としての費消しやすい金銭に替るのである。

(3) また、被告らは本件売買についての本件(一)登記につき、被告らも認めるとおり本件物件に対する占有の事実が全くないにもかかわらず時効取得を原因としており、そして、本件(三)ないし(九)物件は農地であって、農地法三条の譲渡について農業委員会の許可を得る手続を採っていては日時を要しそれが得られるまでに差押をうけるおそれがあるために右の時効取得を原因とする本件(一)登記を経由したものである。

よって、原告は被告らに対し、主位的に、1項の債権を保全するため、訴外永野に代位して、被告会社に対し本件(一)、(二)物件につきなされた本件(二)登記の抹消登記手続を、被告田代に対し本件物件につきなされた本件(一)登記の抹消登記手続を求め、予備的に、詐害行為取消権に基づき、本件売買を取消したうえこれを原因とする右各抹消登記手続を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1の事実は不知。

2  同2について、訴外永野がかつて本件物件を所有していたことは認める。

3  同3の事実は認める。

4  同5は争う。

5  同6の(一)の事実は不知。同(二)の事実は認める。同(三)は争う。

訴外永野は、本件売買の代金をもって同訴外人の債務の返済に当てるべく本件物件を相当価額をもって売却し、しかもその代金の大部分を債務の返済に当てているのであるから、本件売買は正当な処分行為というべきである。被告らにおいても訴外永野の債務を清算してやるべく本件物件を買受け、しかも当時被告らに判明していた債権者に対するもの以外に訴外永野の債務が存在することは全く知らなかったものであり、当時被告らに判明していた債権者に対し(原告を除く)ては、本件売買代金のうちから返済ずみである。また原告に対しても、当時仮差押請求債権額全額を仮差押解放金として供託している。

三  被告らの抗弁

1(一)  被告ら及び訴外松元は、本件物件を含め土地一三筆、建物一棟につき、昭和五七年五月二七日、次のとおり代金合計五五〇〇万円にて訴外永野から買受けた(本件売買)。

(1) 被告田代買受分

本件(三)ないし(九)物件及び別紙不動産目録2記載(一)、(二)の不動産(以下、これを「件外(一)、(二)物件」という。)

代金計一〇〇〇万円

(2) 被告会社買受分

本件(一)、(二)物件

代金計三五〇〇万円

(3) 訴外松元買受分

別紙不動産目録2記載の(三)ないし(五)の不動産(以下、「件外(三)ないし(五)物件」といい、件外(一)ないし(五)物件を単に「件外物件」という。)

代金計一〇〇〇万円

(二)  本件(三)ないし(九)物件についての右1、(一)、(1)の訴外永野からの売買に関し、被告田代は昭和六一年七月二八日川内市農業委員会より農地法三条に基づく所有権移転の許可(以下、「本件許可」という。)を得た。

(三)  本件(三)ないし(九)物件中一部は雑木林になり、また一部は以前から耕作されておらず荒地となっているものがあり、現況農地でないものがある。これらについては、すでに農地法の適用がなくなっていたのであるから、右(二)の農業委員会の許可に関係なく前記売買は有効である。

2  本件物件について訴外永野は、時効取得を原因とする所有権移転登記を承諾してその義務の履行を完了しているのであるから、いまさら右移転登記を無効としてこれが抹消登記を求めることは、信義則上からも許されない。

3  詐害行為取消権に対する主張に対して

(一) 被告らは、本件売買当時、原告の訴外永野に対する債権が存在することを知らなかったのであり、右債権を害する意思はなかった。

(二) かりに、本件売買が詐害行為にあたるとするならば、その取消の基礎となるべき原告の債権は、本件売買行為時の債権額が標準となるべきであり、取消の範囲も右債権額の範囲に限られるべきである。そして、原告は、転付命令により取得した四四九万二八〇〇円はその全額を請求原因1、(一)の債権の元金に充当すべきであって、その遅延損害金に充当されるべきではない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1、(一)の事実は否認する。同(二)及び(三)は争う。

2  同2は争う。

3  同3の(一)、(二)は争う。

五  再抗弁

1  抗弁1、(一)に対して

本件売買は、訴外永野と被告ら及び訴外松元が通謀のうえ、訴外永野がその債権者からの追求を免れるため被告ら及び訴外松元に売渡したように仮装したものである。

2  抗弁1、(二)に対して

(一) 農地である本件(三)ないし(九)物件の売買については、本件許可のあった昭和六一年七月二八日に効力が生じたことになるが、原告は右より先の昭和五九年一月三〇日受付をもって本件(三)ないし(九)物件につき、仮処分決定によりその旨登記をしているから、本件許可により、本件売買に基づく所有権の移転があったとしても、右の所有権移転については、未だ所有権移転の登記がないことになり、原告が仮処分登記をしている以上、被告田代は本件売買による所有権移転を原告に対し、対抗出来ない。

(二) 債権者代位権を行使する債権者が適法に代位権の行使に着手した後は、その債務者はその権利を処分することが出来ないものであり、債務者において代位せられた権利を消滅させるべき一切の行為をすることが出来ない。訴外永野は、前記農業委員会に対し、本件売買による所有権移転について許可の申請をする際、当然土地登記簿謄本を添付して申請するから、登記簿により原告が仮処分をしていることを当然に知るはずであるから、右農業委員会の許可を得て、無効の登記(時効取得による所有権移転登記)を売買による所有権移転登記に流用する行為、即ち農業委員会に対する許可申請をなすことは許されないものであり、許可があったとしても、右許可は何ら効力を生じないものである。

3  同3に対して

本件許可により、本件(三)ないし(九)物件につき昭和六一年七月二七日に本件売買の効力が生ずるとしても、詐害行為の成否を決すべき日は、本件売買が効力を生ずる昭和六一年七月二七日であるから、売主である訴外永野が右日に右物件を売買することが詐害行為となることは、当然に知っていたものであり、また買主の被告田代も、現に本件訴訟を行っていて、各証拠及び双方の証人の証言等を知っているから、右物件の売買が詐害行為に当たることは当然に知り得たものである。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁1及び3は争う。

七  再々抗弁

かりに、被告らにおいて本件抹消登記手続の履行を免れえないものがあるとしても、被告らは売買代金の全額を支払ずみであって、本件物件の所有権移転登記と右代金の支払いとは対価関係に立つものであるから、被告らが支払ずみの代金の返還(被告田代については一〇〇〇万円の内本件(三)ないし(九)物件の代価相当額、被告会社については三五〇〇万円の各返還)と本件抹消登記手続の履行とは同時履行の関係にあるものというべく、右各代金の返還があるまで本件抹消登記手続を拒絶する。

八  再々抗弁に対する認否

再々抗弁は争う。本件(一)登記は、時効取得を原因とするものであり、原告は取得時効の事実がないことを理由に(したがって、所有権移転の事実がなく、所有権は訴外永野が有することを理由に)、その所有権移転登記の抹消登記請求をしているのであるから、時効取得に代金の支払いを伴うことはなく、かりにこれの支払いをしているからといって、これと対価関係にないことは明らかである。

第三  証拠(省略)

別紙

不動産目録1

(一) 川内市隅之城町字青木壱弐四八番

一 宅地 壱五参壱・四七平方米

(二) 同市同町字同壱弐四八番地上

家屋番号壱参五番

一 居宅木造瓦葺平家建

七四・参八平方米

附属建物

1 居宅木造瓦葺平家建 五七・八五平方米

2 厩舎木造草葺平家建 四四・六弐平方米

3 浴室木造瓦葺平家建 壱弐・参九平方米

(三) 同市同町字古寺八七弐番

一 畑 六六・〇〇平方米

(四)  同市同町字同八七五番壱

一 畑 参八六・〇〇平方米

(五) 同市同町字青木壱壱九四番

一 田 九壱弐・〇〇平方米

(六) 同市同町字同壱壱九五番

一 田 壱〇八〇・〇〇平方米

(七) 同市隅之城町字青木壱弐〇壱番

一 田 八五弐・〇〇平方米

の持分弐分の壱

(八) 同市青山町字二瀬川四四五七番

一 田 弐八弐参・〇〇平方米

(九) 同市同町字同四四六参番

一 畑 参壱七・〇〇平方米

不動産目録2

(一) 川内市中福良町字川添三五七一番二

田 二五一平方米

(二) 右同所字同三五八三番

田 七一七平方米

(三) 川内市隅之城町字野首一五六七番

原野 三二七平方米

(四) 右同所字同一五六七番乙

山林 四二九平方米

(五) 右同所字同一五六九番(昭和五七年六月九日同番一ないし三に分筆)

山林 四七九平方米

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